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*MMJの歴史 [#ha2a5d01]

&color(gray){※書きかけ};

&color(red){''※ 一部、伝聞に基いた記述があります。そのため事実とは異なっていることもあり得ます。内容についてお気づきの点がありましたらご指摘いただけるとありがたく思います。''};

&color(red){''※ 文中、敬称は省略しています。ご了承ください。''};

#contents

**1. くらはしけんじプロデュース以前時代(2010年 2月~2010年 7月) [#q689f2cd]
*** MMJの誕生 [#q38a9fea]
MMJが結成されたそもそもの発端は、リーダーの[[えーたん(西本衣里)>MMJメンバー紹介#eetan]]にあった。~
自身が熱烈なAKB48ファンであり、またかつて[[広島アクターズアカデミー>用語集#ha]]で学び、歌手を目指していたこともあった[[えーたん>MMJメンバー紹介#eetan]]は、中国地方で最大のお祭であり、5月3日からの3日間にのべ150万人以上が訪れる[[ひろしまフラワーフェスティバル>用語集#ha]]の一般公募に、AKB48のフリコピで出場しよう、と思い立った。それは2010年の2月のことだった。~
[[えーたん>MMJメンバー紹介#eetan]]は高校時代の友人、バンド活動を通しての知り合い、[[広島アクターズアカデミー>用語集#ha]]での仲間など、自分の知人の中からこの企画に参加してくれそうな人を選び、企画の内容をメールで送って参加者を募った。さらにそのメールを受け取った者から、その友人・知人にも誘いは広がっていき、最終的に[[えーたん>MMJメンバー紹介#eetan]]を含めて16人の参加者が集まった。この16人は現在のMMJメンバーとまったく同じ16人である。~
グループ名は、AKB48のフリコピをするグループであるから、それにちなんだ名前で、かつ広島らしさを考えたうえで、[[えーたん>MMJメンバー紹介#eetan]]が「広島、といえば[[もみじ饅頭>用語集#ma]]?」ということで「MMJ48」と命名した。

その後、4月に初めて16人全員の顔合わせが実現し、そこから[[フラワーフェスティバル>用語集#ha]]に向けての練習を開始。中国新聞にも紹介された([[記事>http://www.chugoku-np.co.jp/FF/2010/Fn201004240001.html]])。~
そして2010年5月5日、[[フラワーフェスティバル>用語集#ha]]のすみれステージでMMJ48の16人は''「萌えあがれ広島♥制服祭り!」''と銘打ち、練習の成果を披露した。

*** 運命が動き出す [#af4961f3]
このステージはメンバー自身にも意外なほど好評だったという。~
MMJ48結成の目的は、この[[フラワーフェスティバル>用語集#ha]]への出場にあったため、すでにその目的は達成されていた。しかし、このステージを見ていたイベント企画の関係者に声をかけられ、クラブイベントなどへの出演を打診されるようになる。~
[[フラワーフェスティバル>用語集#ha]]だけのために結成されたMMJ48は、これをきっかけに、イベントやお祭りに呼ばれてステージを披露する常設のパフォーマンスサークルのような存在に変化した。

**2. AKBコピー時代(2010年 7月~2010年12月) [#xb8e99a5]
*** プロデューサーとの出会い [#e983553c]
2010年7月16日、翌日の牛田ほおずき祭りへの出演を控え、MMJのメンバーのうち、[[つぐちゃん(石原つぐみ)>MMJメンバー紹介#tsugumi]]、[[なっち(泉田夏美)>MMJメンバー紹介#natchi]]、[[ジャスミン(原田愛李)>MMJメンバー紹介#jasmine]]の3人がラジオ番組にゲスト出演した。~
番組は「くらはしけんじのブチ抜き!小僧ROCK」。広島ローカルで活動するミュージシャンの[[くらはしけんじ>用語集#ka]]がパーソナリティを務める広島の音楽情報をメインとした番組である。実はくらはしけんじはRCCテレビ「アォーン!」のメンバーとして有名なローカルタレント泉田文佳と知り合いであり、泉田を通してその妹の夏美がメンバーとして参加しているMMJ48について耳にし、興味を持ったのである。

この番組の中でくらはしけんじはMMJ48の活動を非常に面白いと感じ、また、どうせやるならもっと本格的に徹底的にやったほうが、という思いから、そのために必要なノウハウや環境を自らが提供し、協力する、という提案をした。~
後にこの提案をMMJ48メンバーが受け入れ、正式にくらはしけんじがプロデューサーとしてその運営を引き受けることになった。

*** くらはし流プロモーションのスタート [#xd59639c]
くらはしけんじはプロデューサーとなってから次々と新しい活動方針を打ち出していく。~
まずグループ名の「MMJ48」から「48」をはずし、「MMJ」に改めた。これは、秋元康率いる48グループとの関係で無用なトラブルを避けるためであった。~
また、メンバー全員の[[ツイッター>用語集#ta]]アカウントを作成し、[[ツイッター>用語集#ta]]によるプロモーション活動を開始。さらにUStreamで生配信番組「[[MMJchannel>用語集#abc]]」をスタートさせ、ネットを活用したプロモーション展開を打ち出した。~
さらにMMJのCDリリースを決定。16人のツイッターアカウントのフォロワー数合計を1万人に、という目標を設定し、期限(10月末)までに達成できなければCDデビューは取り消し、という企画を「ブチ抜き」内で開始。MMJメンバーをレギュラーゲストとして番組に出演させた。~
結果としてフォロワー数は早期に目標に到達し、10月半ばを待たずしてCDリリースが決定した。

これらのプロモーションが奏功し、徐々に固定的なファンが増え、イベントの観客も盛り上がりも、回を重ねるごとに次第に大きくなっていった。

**3. 恋愛アジェンダ(市内活動)時代(2010年12月~2011年 5月) [#b51c8644]
*** リリースイベント [#gd3075fd]
当初は11月を予定していたCDリリースだが、少しずれこんで12月11日となった。~
この日、アリスガーデンでMMJの1stマキシシングル「恋愛アジェンダ」のリリースイベントが行われた。

&ref(ギャラリー/20101211_03.jpg,40%);

これまでMMJのステージはすべてAKB48のフリコピのみであったが、この日ついに初めて、MMJのオリジナル曲を披露した。驚くべきことに、3曲の収録曲のすべて、メンバーが自分たちで振り付けを考えた。これはダンスサークルやタレントスクールの経験者、しかもその中でも特に優秀な経験者がメンバーにいるMMJだからこそできたことであった。昨今、全国各地に数多くのローカルアイドルグループが存在しているが、振り付けをすべて自分たちでしているグループはMMJ以外にはほとんど存在しないはずである。

リリースイベントには予想外なほど、アリスガーデンを埋め尽くすほどの多くの観客が集まり、物販でのCDやグッズの販売も、長蛇の列ができるほどの盛況ぶりで、イベントは大成功を収めた。~
また、このCDリリース前後に新聞や地元テレビ局の取材が入り、それが報道されたことにより、地元での知名度は大幅に飛躍することになった。

*** イベント巡りの日々 [#a0f77ee8]
CDリリースをきっかけとしてMMJへのイベント出演のオファーはどんどん増えたと思われる。~
毎回イベントで顔を見かける常連ファンも増え、[[MMJchannel>用語集#abc]]の視聴者数もコメント数も増えた。~
恋愛アジェンダのリリース後は、前半にAKBコピー、後半にオリジナル曲、というスタイルが定着した。~
3月からはFMはつかいちで「MMJのHMR」という冠番組がスタートし、4月からRCCラジオの「HIROSHIMA MUSIC VILLAGE」に[[りな(渕上里奈)>MMJメンバー紹介#rina]]がアシスタントとして出演することになった。11月から始まった[[MMJchannelGT>用語集#abc]]も含めて活動が非常に忙しくなった時期であった。

そしてついに、初ステージから1年、MMJは[[フラワーフェスティバル>用語集#ha]]のフラワーゲストに選出される。

**4. 新制服(市外展開)時代(2011年 5月~2011年12月) [#a3d08189]
*** 2年目のスタート [#h3ca49a9]
2010年の[[フラワーフェスティバル>用語集#ha]]ではMMJ48(当時)は一般公募グループとしてステージに上がった。それが2011年にMMJはフラワーゲストとして主催者から招待される側となった。

&ref(ギャラリー/20110504_01.jpg,40%);

この年はスペシャルゲストとしてPerfumeが呼ばれ、そのため全国各地から多くの人が集まった。そんな中MMJは3日間で6回のステージというハードスケジュールをこなした。~
いずれのステージも多くの観客を集め、大いに盛り上がったが、特に5日のカラーステージでは、道路にまで溢れ出すほどの人が集まり、またファンによる1周年コールもあって、感極まったメンバーが涙する場面もあった。~
またこのときからステージ衣装が、メンバーのオリジナルデザインによる新制服に変わった。それまでの衣装は赤いチェックのスカートとリボンタイの通称「赤制服」と、青いチェックのスカートとネクタイの通称「青制服」の2通りがあった。

3日間を通して多くの人が初めてMMJのステージを見ることとなり、知名度と人気はまた一気に加速することとなった。


**5. Girl-Girl(全国流通)時代(2011年12月~) [#we2af4ca]